2016年01月29日
金曜特集 「宮古と教育基本法~秘密の活路~」

みなさま明けましておめでとうございます。新しい一年の朝が来ました。復帰40年、戦後70年を経て、2016年はどんな年になるのでしょうか。ATALAS Blogでも新年らしく、特別編として意欲的な「新春放談」が、なんと元旦から三日連続で掲載されました(序・前編・後編)。
私もそれに触発され、一年の幕開けにかけまして、「新春放談」の前編でも取り上げられた宮古の戦後の幕開け、「密貿易」「復興貿易」に関わる内容に注目したいと思います。ずばり、「宮古と教育基本法」です。

法律を「密輸」とはどういうことでしょうか、何故宮古が最も早かったのでしょうか。結論だけでは「何で?何でだす?」と多くの疑問が湧いてきます。経緯を詳しく見ていきましょう。
戦後の宮古は本土と分断され、沖縄県内も4群島に行政分離されたため、独自に施策を講じなければならない状況に置かれました。往来も不自由で、情報も物資もなかなか入って来ません。
そこで1946年度には宮古支庁学務課を中心に教科書を編集し、ガリ版印刷で各学校に配布したりしました。
そのようななか本土では、1946年11月3日に新憲法が公布され、47年3月31日には教育基本法が制定され、4月1日には6・3・3制の新学制が発足していきます。
そのニュースは宮古にも入って来たものの、肝心の内容が伝わって来ません(砂川恵敷伝刊行会編・発行1985『うやまいしたいて 砂川恵敷伝』p.213)。石原昌家(2000年『空白の沖縄社会史―戦果と密貿易の時代』晩聲社p.139, 225.)が指摘するように、沖縄島でも、新憲法の内容の入手は大変困難だった時期です。
例えば、警察学校に本土から密航してきた元警察官が日本国新憲法の草案を持参し、石原昌直校長が米軍の了解を得て、それを警察学校で講義させたと言います。また当時外語正だった大田昌秀によれば、1947年夏ごろ、密航がもたらした新憲法の写しを師友が争って写し取ったそうです。密貿易人として逮捕、拘禁されている留置人が、看守に新憲法を講釈したという1950年の回想もあります(沖縄タイムス社編・発行『沖縄の証言』上巻, p.223、石原前掲書p.225.)。
1946年12月31日から垣花恵昌のあとを受けて宮古民政府の文教部長に就いていた砂川恵敷は、これからの宮古群島の教育施策に役立てるため、どうしても新教育法規の内容を知りたいと願いました。そこで入手方法について考えをめぐらせ、宮古にある「秘密の活路」に気が付いたのです。それは宮古島測候所でした。戦前と同様、本土の管轄下にあり、職員の俸給、食料品、測候所用物資等を搬入する測候所船が、東京宮古間を年に4回往復していたのです。
一時休学して帰省していた長男(恵弘)の復学の機会をこの補給船によってはかり、首尾よく東京大学に戻すことが出来ました。そして長男に依頼して、本土の新しい教育諸法規類をこの船に託送したのです。船長は非常に好意的で、米軍の監視の目をくぐって貴重な資料、日本の新教科書、宮古で極端に不足していた紙類、学用品など次々に送ってくれたそうです(沖縄県教育委員会前掲書p.73、平良市企画課1977年『平良 市制三十年記念誌』平良市p.5、石原前掲書p.140-141.)。
こうして、念願の教育基本法と学校教育法を手に入れたときの喜びと感激は、未だに忘れることが出来ないと言います。そしてこれらを手がかりに、すぐに新法案、新学制の準備に取りかかり、議案を群島議会に提案し、米国軍政府の許可を得て、1948年4月1日、宮古群島で全県初の教育基本法及び学校教育法公布、6・3・3制実施となったのです(砂川恵敷伝刊行会前掲書p.214、平良市企画課前掲書p.5)。宮古の戦後教育を復興させるという先人たちの熱い思いが、「活路」を開かせ、計画を実現に導いたと言えましょう。まさに偉業であり、沖縄戦後教育の礎を築いたと捉えられます。
また、砂川恵敷によれば、「いづれは本土に復旧することを信じていたので」これらに取り組んだと振り返られています(平良市企画課前掲書p.5)。広い文脈では、宮古の復帰運動の先駆けの一つとしても位置付けられるでしょう。
※なお各群島の公布は以下の通り。
宮古教育基本法及び学校教育法 1948年4月1日公布
八重山教育基本法及び学校教育法 1949年4月1日施行
(八重山民政府布令第2号の表記による)
奄美教育基本法及び学校教育法 1949年5月16日公布
(附則により1948年4月1日から適用)
沖縄群島教育基本条例及び学校教育条例 1951年3月31日公布
この「測候所を利用した教育基本法の密輸」エピソードはかなり有名になりつつあり、「新春放談」でふれられている、QAB「写真で見る宮古島の戦後 復興支えた密貿易」が収録されたと思われる番組、『あんちい~やたんサイ!~写真で振り返る半世紀前の宮古島』(2009年11月7日放送)でもバッチリ紹介されています。QABのHPでの番組紹介文章に出ていないのが残念なところではありますが…。

さて、最後にもうひとつ。測候所船での「密輸」のエピソードは、教育基本法が中心でした。では、新憲法はどうだったのでしょうか。これは管見の限り、本コラムで参照した資料の中には出てきませんでした。沖縄にどのように憲法の内容が伝わり、どのように捉えられ、どのような影響を及ぼしたのか、大変興味深いテーマです。これについては、上地聡子2010年「「復帰」における憲法の不在―1951年以前の沖縄にみる日本国憲法の存在感」(『琉球・沖縄研究所紀要』第3号, 早稲田大学琉球・沖縄研究所)に大変詳しい分析があります。これを踏まえ、宮古群島との関連を視野に入れると更に立体的な占領初期の歴史像が浮かび上がって来ると思います。
今年2016年は、1946年の憲法公布から70年にあたります。1972年5月15日「復帰」の日の『沖縄タイムス』では、紙面の一面をまるまる使って日本国憲法が掲載されました。沖縄にとっての憲法の重要性が伺えます。現在では憲法にとっての沖縄の注目度が高まっていると言えるでしょう。沖縄と憲法の関わりは、重要性を増すばかりです。現在的な文脈で捉えるには、小松寛2015年「戦後沖縄と平和憲法」(『沖縄が問う日本の安全保障』岩波書店)が大変参考になると思います。
宮古島測候所のエピソードは、石原(前掲書)や小池康仁2015年『琉球列島の「密貿易」と境界線―1949-1951』(森話社)で描き出されているように、占領初期の沖縄と東アジア、日本との豊かな結びつきの織り重なり、沖縄の人々のバイタリティの歴史です。宮古についても、引き揚げや「密貿易」など詳述されていますので、とてもお勧めです。ひとつひとつのエピソードが本当に「びっくりぽん」な「密貿易」「復興貿易」、現在へとつながる軌跡です。「びっくりぽん」と言えば、ディーン・フジオカ、じゃなかった「五代友厚」の父(秀尭)は琉球交易係でもあったそうです。新年早々、歴史と現在への想像がどんどん膨らんでいきます。
みなさまにとって、宮古にとって、ATALASにとって、私にとって良い年になりますように!
【謝辞】本コラムでは、仲宗根将二氏より資料提供を受けています。心より感謝御礼申し上げます。
●宮古島測候所
現在の宮古島地方気象台。前掲の『沖縄大百科事典』p.594(宮古島地方気象台の項)によれば、1932年~34年の台風期に支庁構内に臨時観測所が設置されたのち、1937年10月28日に中央気象台付属宮古島測候所が開設した。1939年11月1日、宮古島測候所と改称。1945年4月空襲激化の為業務中断するが、1946年5月5日業務再開。本コラムの「密貿易」は、そこから1950年1月琉球気象台管轄となるまでの間の出来事であったと言えよう。
(編注:石垣島測候所はイワサキクサゼミを発見した岩崎卓爾が測候所長を努めていたことで知られています)
●教育基本法
教育基本法は日本国憲法の精神に則り、1947年3月31日に制定された法律。前文、10条、補則1条、附則からなる。戦前の帝国憲法・教育勅語体制を脱して、「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす」ための教育の根本を定めている。その後の教育政策は立法政策を含めてこれに準拠して行くという意味で、「教育憲法」「準憲法」的な性格を持つ。2006年に改定。堀尾輝久1994年『日本の教育』(東京大学出版会)など参照。
●宮古の教育基本法
1948年4月1日公布。本土の教育基本法に準じた内容で、前文、10条、補則1条、附則からなり、「日本国憲法」や「日本」の文言を削り、「国民の育成」を「人間の育成」、「すべての国民は」を「何人も」など、軍政府の許可を得るために最小限の変更のみ施されている。1952年2月、全県を対象とした「琉球教育法」の公布に伴い廃止となった。なお宮古教育基本法、宮古学校教育法は、前掲の『沖縄の戦後教育史』の資料編p.1203-1209.で全文を読むことが出来る。また、教育基本法と沖縄の関係は、小林文人1998年「教育基本法と沖縄―社会教育との関連を含めて」(『教育学研究』第65巻第4号, 日本教育学会)で詳細に論じられている。4群島の比較なども大変興味深い先行研究となっている(この論文は、2016年1月現在、webで全文公開されている)。
高橋順子 (社会学、沖縄研究)、埼玉県生まれ。日本女子大学助教
主著に『沖縄<復帰>の構造―ナショナル・アイデンティティの編成過程』新宿書房、2011年など。
最近は、沖縄教育史、女性の復帰運動、チャイナ陣地、沖縄平和学習、ナショナリズム等その他諸々について取り組んでいます。
Posted by atalas at 12:00│Comments(0)
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