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2018年09月04日

第199回 「(北増原井)改修記念」

第199回 「(北増原井)改修記念」

地味に地道に6回(通算7回)にわたってお送りしてきた、宮原学区の井戸系石碑シリーズもいよいよ最終回です。今回は宮原学区の最北端(正確には東端。民俗方位の差)にある、増原(マスバリ)地域です。
北の海岸沿いに西銘(にしめ)御獄、東の長間との境界に飛鳥(とびとり)御獄と有名な大きな御獄に挟まれています。しかも、どちらの御獄もかつては城だったと云われていますから、城下町というのは大げさですが、現在でも比較的大きな集落を形成していますので、ここが中心集落だったと推察することが出来るのではないでしょうか。もうひとつ、バス停名に増原の名はありませんが、宮原の旧名である山北を名乗るバス停が区域内にあります。この点からも、増原は古い時代の中心エリアだったのかもしれないと妄想することができます(第137回「鏡原小学校山北分校跡地」)。
そして増原以外にも、サガーニ、ムトゥヤー、宮積など、この地域の中心だったと呼ばれている集落が、これほどまでに点在するのもなかなかに興味深いです。
第199回 「(北増原井)改修記念」
増原の集落は南北に小字が分れており、山北バス停があり飛鳥御獄に接する南増原(パイマスバリ)と、北の一周道路(県道83号線)に面し西銘御獄を擁する北増原(ニスマスバリ)があります。今回はその北増原の井戸にまつわる石碑のご紹介です。
この井戸は集落の東方、民家近くの畑の一角にあり、里のウマリガーとも呼ばれているようです。井戸の形状は掘り抜きで、周囲はコンクリートのたたきが敷かれ、井戸口にはコンクリートの蓋がされています。蓋のスキマから中を覗いてみても水面を見ることは出来ず、水源が相当に深いように思われます。
肝心の石碑ですが、井戸のそばにある小さな段差(上段も畑になっている)に張り付くように据えられています(石垣などで土留めされている)。
二十三ケ年
改築記念
昭和拾年九月
拾二日北増原
と井戸の神様を祀る祭壇とともに安置された石碑に刻まれています。
1行目の23ヶ年がなにを意味しているのか、はっきりとは判りませんが、後半に年月日が出て来ることから、開鑿から23年ということなのかもしれません。改築が昭和10年と仮定した場合、西暦では1935年なので、23年前は1912年になり、元号では明治45年/大正元年ということになります。これは平成最後の夏に、明治最後の夏の記録を見たということになるのかもしれません(7月30日に改元。この日は明治45年であり、大正元年でもある不思議な日。これは即日改元の原則によるもので、大正から昭和に改元された12月25日も同様。ただし、昭和最後の日は1月7日で、平成元年は1月8日から始まっている)。

第199回 「(北増原井)改修記念」2行目は改築記念とありますが、最後の念は上のヤマの部分しか見えませんので、これから推察するに石碑はもう少し大きかったと考えられます(下に埋まっているとしても)。そうするとあと一文字ないしは、二文字分(記念碑と書かれているなら)は下にあったことになるのではないでしょうか。
けれど、後半2行では日付が、昭和10年9月12日と続いてしまっているので、九月の文字の下になにかあるようにはちょっと思えず、悩ましいところではあります。でもやっぱり、4行目のシメに書かれている北増原にも続きがありそうな気がしてなりません。たとえば北増原部落とか区長とか青年会とか・・・。
しかし、すでに失われてしまった部分であるため、想像の域をでませんから正解は判りませんが、こちらの井戸も集落でとても大切にされていることはよく判ます。

井戸は北増原にはあって、南増原にはないのか?という素朴な疑問が浮かびますが、資料よるとシューガカー、ナカヤガー、ダキドゥンガ-などが使わていたようです。
中でもシューガカーは飛鳥御獄(とびとりうたき)にある湧水で、飛鳥の主(トビトリヌシュー)のシューの名前がついている井戸です(第192回「飛鳥御嶽改築記念碑」)。
ナカヤガーについては未調査ですが、南増原の代表井戸としてダキドゥンガ-を紹介しておきます(シューガカーはちょっと集落から遠い)。
第199回 「(北増原井)改修記念」第199回 「(北増原井)改修記念」
ダキドゥンガ-は南増原の西はずれ、牧場脇のキビ畑の中にあり、圃場整備が整うまではもう少し自然な雰囲気を残していましたが、現在は周囲をコンクリートで固められてしまい、井戸の内壁の一部の石垣も積み直されています。
水位はかなり浅く井戸口から覗くだけで水面が丸見えです。ちょっと風情はありませんが、どうにかちゃんと残ったのですから、どこの井戸に云えることですが、せめて井戸の名前くらいは表記して欲しいところです。

今回で宮原学区の井戸にまつわる石碑シリーズは完結となりますので、最後におさらいをしておきたいと思います。
宮原学区(大字東仲宗根添)は、宮積、ムトゥヤー、更竹、土底、瓦原、砂、サガーニ、南増原、北増原の9つの小字(集落)があります。

第199回 「(北増原井)改修記念」宮積 第194回「清泉(宮積)」
 ①清泉(ムメズンガー)
ムトゥヤー 第197回「ムトゥヤー・伊良部井の碑」
 ②ムトゥヤーガー
 ③イラブガー
更竹 第195回「井戸鑿掘(更竹)」
 ④更竹井
土底 第48回「土底村里井戸改修工事」
 ⑤土底村里井戸
瓦原 第196回「瓦原井の碑」
 ⑥(西)瓦原井
 ⑦(東)瓦原井
 ⑧ザカガ-
砂 第198回「砂の井戸設立の碑」
 ⑨砂の井戸
サガーニ 第198回「砂の井戸設立の碑」に記載
 ⑩サガーニ御獄(湧水)
 ⑪サトゥガー
 ⑫サーダカー
北増原 (本稿)
 ⑬北増原井
南増原 (本稿)
 ⑭ダキドゥンガー
 ⑮シューヌカー(第192回「飛鳥御嶽改築記念碑」)


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【北増原井】


【ダキドゥンガー】



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