2017年05月19日
金曜特集 「青い海の向こうがわ~ギリシャと宮古~」

初めまして。今回ご縁あって、こちらに寄稿させていただくことになりました、北上イレーネと申します。よろしくお願いします。
普段はギリシャについてブログを書いていて、特に古代ギリシャの神話や伝承について色々調べています。

そんな私が、慶世村恒任という宮古の方が書いた『宮古史伝』という本を、たまたま読む機会がありました。この本には、宮古島の歴史や伝承がまとめられているのですが、いくつかのお話を読んでいくにつれ、ギリシャの話と似ているなと思うものが出てきて、とても興味を惹かれました。
そういうことで今回は、宮古島に伝わる伝承と、古代ギリシャの人たちの神話との間にある、なにやら似ている共通点について、お話をしたいと思います。「へーそうなんだ」くらいの軽い気持ちで読んでいただけると嬉しいです。
それでは、具体的にどんな話が似ているのか、例をあげてご紹介してみますね。

昔、1人の若い貧しい女性が、意地の悪い主人に仕えて苦しめられていました。ある夜、主人を逃れて小さな森の中で寝ると、夜中頃に雷のようなすごい音がして大変驚きました。夜が明けてみると、1羽の赤い鳥が天上から飛んできてそばに止まったそうです。するとその日から、獲物が驚くほどたくさん取れるようになりました。そして幾日か過ぎて、彼女は12個の卵を産みました。この卵を野原に埋めておくと、しばらくしたら、12人の子供達が生まれ、彼女を「お母さん」と呼んですがりついてきました。彼女は小屋を建てて子供達を育て、必要なものは天から神霊が下されたので大変豊かに暮らし、やがて子供達は神々となったとのことです。そして、その母である女性は天に昇り、「子方母天太(ねのはうまてだ)」として祀られるようになりました。
※この話の全文は、慶世村恒任『新版 宮古史伝』冨山房インターナショナル、2008年、P11〜12をご覧ください。
なんという不思議な話でしょう!。
天から赤い鳥が飛んできて、女性が卵を産んで子供達を育てるなんて!。
いったん、このお話のポイントを整理してみましょう。
このお話では、「天上から」赤い鳥がやってくるのですが、これはおそらく、天の神が姿を変えて、女性の元にやってきたのでしょう。
そして、女性が卵を産んだということは、天の神の化身である鳥との間に、子供をもうけたのですね。神が鳥の姿だったので、子供も当然卵で生まれます。
この鳥が天の神の化身だった証拠に、生まれた子供達には天の神霊からの手厚いサポートが提供され、成長したあかつきには、子供達は神様となっています。
さて、これを読んで、宮古島の伝承ってシュールだな、あるいは宮古島の人たちって想像力が豊かだな、と思った人たちもいるかもしれません。

これとよく似たお話が、ギリシャにも残されているのです。
ギリシャのスパルタの王様テュンダレオスの妻レダは大変美しい女性でした。神ゼウスがレダを愛してしまい、白鳥の姿となって、彼女の元を訪れました。そして、レダはゼウスとの間に卵を産み、絶世の美女ヘレネとポリュデウケス、そしてカストルとクリュタイメストラという男女2人ずつ、計4人の母となったということです。
【ギュスターヴ・モロー『レダ』(1865-1875)パリ・ギュスターヴ・モロー美術館所蔵(Public domain)】
どうです?。
これも不思議なお話ですね。
人間の女性が卵を産むなんてナンセンス!。と思う方もいるかもしれませんが、このお話の舞台となったスパルタ市では、レダが産んだという卵まで神殿の中で大切にしていたそうですよ。
*スパルタ:古代ギリシャの都市国家。厳しい軍事教育で有名で「スパルタ教育」の由来となった。
さて、このギリシャのお話を読むと、先に紹介した宮古島の「子方母天太(ねのはうまてだ)」のお話との共通するポイントがはっきりしますね。
まずは、天の神が鳥に姿を変えて人間の女性の元へやってきたこと。
そして、その女性が鳥に姿を変えた神との間に卵を産み、そこから子供達が生まれたこと。
この二点は明らかに似通っていて、遠く離れた宮古島とギリシャとで語り伝えられていたとは信じられないほどですね。
ですが、宮古島の伝承では、卵から生まれた子供たちは12人で、みんな神様たちになっていますので、この点は注意が必要です。
ギリシャの神話では、生まれた子供たちは4人で、しかもギリシャでは一応、片親だけが神様の場合は神様ではなくて「半神」という扱いになり、ちゃんと寿命があって、死ぬことになっています。神様は不老不死なんですけどね。
実はこのレダの子供達についての伝承は入り組んでいて、4人の子供達のうち、ヘレネとポリュデウケスの2人はゼウスの子供で、残りの2人はレダの夫であるテュンダレオス王の子供だ、とも伝えられています。そうなると、半分は「半神」でも、残り2人はただの人間になっちゃいますね。
そうすると、ギリシャの場合では、卵から生まれた子供達は神様ではなかった、ということになってしまうのですが、でもまたそこもギリシャの神話の面白いところ。別の伝承もあるんです。

実はポリュデウケスとカストルという息子達は、「ディオスクロイ」(ゼウスの息子達)と呼ばれて、多くの英雄伝説を残し、しかも航海の神様として祀られていた地域もあったんです。
嵐の中で船乗りを救う「聖エルモの火」のお話を聞いたことはありませんか?これは古代では、この「ディオスクロイ」のことだったんです。海洋国家のギリシャで、ピンチの時に船乗りの前に現れる不思議な火は、彼らにとって大切な神様だったのではないでしょうか。
【聖エルモの火(Public domain)】
それでは、残る2人の娘達、ヘレネとクリュタイメストラはどうだったかというと、実は絶世の美女ヘレネも、のちに天に上げられた、という伝承があります。このヘレネをめぐっては、男たちは「トロイア戦争」という10年に及ぶ大戦争に巻き込まれて、たくさんの犠牲者を出したのに、なんだか不公平な気もしますよね。
*トロイア戦争:古代ギリシャの神話上の大戦争。美女ヘレネがトロイアへ連れ去られ、これを取り返すためにギリシャはトロイアを攻め、激しい戦いの末に勝利する。この戦いで奸計「トロイの木馬」が使用された。
そしてクリュタイメストラの方は、残念ながら天に上げられたという伝承はありません。それでも、愛人と共謀して夫であるアガメムノン王を殺してしまった、という大胆不敵な彼女の伝承には、恐ろしい魔女や女神の怒りといった神話が反映されているようで面白いところです。
いずれにしても、ギリシャでも、ゼウスの血を引いて卵から生まれたような子供達が、普通の人間と同じ、とは考えられていなかったというのは間違いなさそうです。どちらかというと人間の範疇を超えた存在だったのですよね。
ですから、やはりふたつの伝承の間の共通点というのは無視できないものなのではないでしょうか。
それでは最後に、なぜ宮古島と古代ギリシャという、時代も場所も遠く離れたところで、同じような伝承が語り伝えられていたのでしょうか?

これについては、ふたつの考え方があります。
まずひとつは伝播説。古代ギリシャで語り伝えられていた神話が、じわじわと遠くの地域まで伝わっていって、ついには宮古島まで到達した、という考え方。
歴史のロマンを感じさせる考え方です。でも、ギリシャの神話が宮古島に伝わった、なんて、一体どうやって立証するの?という、永遠にその証拠が出てこないものでもあります。だからやっぱり、ロマンなんですよねえ。
あるいは、人類というのはみんな似たような思考回路を持っているのだから、その想像して語り伝えた神話というのもみんなどこか似通っているのだ、という考え方もあります。深層心理や集合無意識のような、フロイトやユングの心理学に興味のある方なら、こちらの考え方を支持したくなるでしょう。
どちらの考え方をするにしても、宮古島と古代ギリシャという、遠く隔たれたふたつの地域で、同じような伝承が伝わっているというのは面白いことですよね!ぜひ想像力を豊かにして、このふたつの伝承を楽しんでみてください!。
それでは、長くなってきたので、この辺で失礼します。
お付き合いいただいてありがとうございました。

【ギリシャの紹介】
国名 ギリシャ共和国(MAP)
首都 アテネ
人口はおよそ1080万人。
地中海(エーゲ海とイオニア海)に面した東南ヨーロッパに位置する海運と観光の国。
オリンピック発祥の地としても知られている。
ギリシャ政府観光局
ギリシャ共和国(wikipedia)
Posted by atalas at 12:00│Comments(0)
│金曜特集 特別編