2015年07月24日
その3 女たちの味噌づくり
宮古の料理に味噌がかかせない。
豚の味噌煮も魚汁も、カツオ味噌も肉味噌も、もちろんタテ汁も宮古の麦味噌がなければ成立しない。刺身ですら、漁師たちは味噌で食べるのを好む。材料は大豆と麦と塩だが、麹のつくり方や手順など、作り手によってさまざまで、それが風味の個性になる。
少し前まで、味噌作りは“ゆいまーる”。臼と杵で大豆をつぶす作業は大仕事で、集落の女たちが共同でおこなっていた。味噌の個性は代々引き継がれてきた地域の伝統なのだ。ミンチの機械が導入された今も、味噌の仕込みは1日がかり。親戚や近所の人々が、次々と助っ人にやってくる。
麦を寝かせたら、出産にも葬式にもいかないよ
病院に行ってもいけないよ
そんなにしたらね、麹はたたないよ(麹はできないよ)
味噌名人、池間のミエコさんも、佐良浜のミヨさんも、味噌作りの禁忌として同じことをいう。麦に麹づくりの間は、義理を欠いても許される。
そして何より日取りが大事で、味噌を仕込む日は、ミエコさんは“戌の日”と“子の日”と自分の干支の日を避け、ミヨさんは“午の日”と“未の日”と、やはり自分の干支を避ける。「わからないけど、そうなってるよ」がその理由だ。
ミエコさんはいう。
「どうしても病院に行かないとならんことがあってね。そのときは、味噌は腐れてしまったよ」
ミヨさんもいう。
「一度だけ、麦を寝かせてからお葬式に行ったことがあったよ。麹がたたないでべったべたになったよ」
経験は禁忌に説得力を持たせ、語り継がれて、それはさらに強固になるのだ。
麦は麹菌がついて麹に変わる。その麹の力で大豆が発酵して味噌になる。
今では麹そのものを購入して手軽に手前味噌を作ることもできるけれど、ミエコさんもミヨさんも、変わらず、炊いた麦を寝かせて麹をたてる。「ずっとそうやってきた」からだ。
麦はよく日に当てて乾燥させて
海水をかけ、上にススキをのせて
この古い箪笥に寝かせるさ
それがミエコさんのやり方だ。
一方、ミヨさんは『ッキ』と呼ばれるクサトベラを使う(最近は失敗の少ない種麹を使うことが多いとはいう)。寝かせる場所は押し入れの中だ。城辺のおばあは、ススキでもクサトベラでもなくバナナの葉を乗せると聞く。
植物には、麹菌や酵母菌などの微生物が無数に宿る。仕込みに使うムシロやタンスにも、多分それらはついている。発酵の専門家は、味噌でも酒でも、風味を決めるのはそこに含まれる酵素だという。池間には池間の、城辺には城辺の味があるのは当然なのだ。
発酵のメカニズムは、科学的にある程度説明されるとはいえ、麦がじっくりと美しく緑色の麹に変わるのも、仕込んだ大豆が半年後には香ばしい味噌になるのも、やはり不思議なことだ。味噌作りは、本来、自然の聖なるものと向き合う儀式。女たちの味噌は、神秘もまるごと含めて熟成される。
《第四金曜担当》 きくちえつこ
池間島在住、足かけ 4 年のナイチャー。
宮古で出逢った「かいまい くいまい」から聞いた、ちょっと「へえ~っ!」となる話を、ゆる~ゆる~っとご紹介。
考察も、オチも、ありません。ごめんなさい・・・。
『かいまい くいまい』 = 「あの人やら、この人やら」
Posted by atalas at 12:00│Comments(0)
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