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2019年05月10日

6本目 「空母いぶき」

6本目 「空母いぶき」

10連休、皆さまはどうお過ごしになったでしょう?。どこに行っても混んでいる連休、私は宮古島のアイランダーアーティスト・下地暁さんの東京レコ発ライブを皮切りに、映画5本とライブ2本とエンタメ三昧でした。

さて、今回の「シネマ de ミャーク」は、映画化が決まってからずーっと心待ちにしていた大作を取り上げます。その名は「空母いぶき」。
東京国際フォーラムで行われた完成披露試写会で、一足お先に鑑賞してきましたよ~!。上映前の舞台挨拶には主演の西島秀俊、佐々木蔵之介をはじめ総勢20名以上のキャスト、スタッフが登壇。こんなに豪華な舞台挨拶は見たことない!。
6本目 「空母いぶき」
6本目 「空母いぶき」6本目 「空母いぶき」
ご存知の方もいるでしょうが、本作はかわぐちかいじ氏のマンガが原作。連載開始当初から注目していたその訳は、その設定があまりにリアルで身近だったから。なにせ、原作のマンガでは、尖閣と多良間と与那国が電光石火で中国に占領され、私が毎夏通っている宮古島が、レーダー基地をミサイルで攻撃され、宮古空港と下地島空港が爆撃により滑走路を破壊され、本土との空路を絶たれるという、絶体絶命の状態で空母いぶきの戦いが始まるからなのです!。

ですから、その「空母いぶき」を映画化するとマンガの帯に書いてあったのを見て、「これを映画化できるのか? どういう風に映画化するんだ?」と楽しみでもあり、不安でもありました。

映画化の一報が入り、公開日が決定する中、島の友人に「空母いぶきの撮影進んでるみたいだけど、宮古島でロケやってる?」って聞いても、全くその様子はない。どうなっているのかと思っていたら…。
6本目 「空母いぶき」

映画には与那国、宮古は全く出てきません。占領されるのは波留間群島の初島という架空の島となり、さらに言えば攻撃してくる敵国も中国から東亜連邦(?)なる全く架空の国に変わっています。

諸般の事情とか言うのでしょうか?、何かの忖度があったのでしょうか?。

もちろん中国を名指ししたまま映画化したら、中国が過剰に反応して反日感情を刺激しかねないのはわかります。

また原作で攻撃を受けた宮古島でも、現在自衛隊基地の建設が進み、賛成派と反対派に分かれて対立が生まれているのはご存知の通り。「基地があるから攻撃される」のか、「基地があるから抑止力になる」のか等の議論をさらに刺激することを避けるためなのでしょうか?。

映画版では、いぶきをはじめとする第五護衛艦隊の戦闘だけにフォーカスする形での映画化となりました。
6本目 「空母いぶき」

防衛出動を決定するまでに右往左往する総理と政府の姿は「シン・ゴジラ」のそれに重なります。ですが相手はゴジラではなくて生身の人間であり他国の軍隊。ミサイルを当てればもちろん死ぬのです。

他国の人が見たらどう思うでしょう?。専守防衛を御旗に掲げた自衛隊は、明らかに攻撃を受けていても、敵の被害まで最少限度に収めるよう政府に要求されながら戦います。両手両足を縛られたままのような息苦しい、カタルシスのない戦いが続きます。

かわぐちかいじの作品には必ず、何を考えているのか真意を測りかねる、一見右寄りに見える鉄の意志を持ったリーダーと、そのリーダーのよき相棒でありながら反戦思考のライバルが必ず登場します。本作の秋津(西島秀俊)と新波(佐々木蔵之介)です。

新波が言う。「自衛隊は発足以来1人の戦死者も出していない」

秋津が返す。「誇るべきは自衛隊員に戦死者がいないことではなく、ひとりの一般人も戦争で死者を出していないことだ」

新波が言う。「我々は戦争をする能力は持っているが、絶対戦争はしない」

秋津が返す。「戦わねば守れない平和もある」

答えの出ないこの問答が本作のテーマでしょう。

ただ、実名を架空の名前に変えただけでなく、占領された初島なる島の様子・島民の姿は全く描かれていません。原作にはあった先島諸島での有事のリアルな可能性をぼかしただけではなく、侵略された島の被害を全く描かないのは如何なものでしょう?。この難しい作品を映画化するために、企画の福井晴敏(「機動戦士ガンダムUC」他)がバッサリ切ったものでしょうが、明らかに逃げすぎではないでしょうか?。
6本目 「空母いぶき」
それだけではありません。敵国が中国だからこそ、先島諸島の戦闘だけならアメリカが日米安保を発動しないという可能性に基づいていた原作の微妙な読みも吹っ飛ばしてしまいました。

映画は「空母いぶき」の戦闘だけしか描いていません。この映画を見て関心を持たれた方はぜひ原作のマンガを読んでいただきたい。

私が取材した完成披露試写会の舞台挨拶で、監督の若松節朗さんは「未来の命に平和な世界を残す」と、藤竜也さんは「戦争だけはあかん!」と、吉田栄作さんは「戦争がなかった平成という時代に想いを馳せる」と、この作品への思いを語っていました。

確かに東シナ海をめぐる紛争の可能性は日増しに高くなっているし、実際に近い将来、自衛隊は「護衛艦いずも」を空母化する予定です。マンガが現実になってしまうようです。さらに政府は憲法改正を目指し、この先、日本という国はどこへ向かうのでしょうか?。
6本目 「空母いぶき」
この映画を見て一番恐ろしかったのは侵略される島民の視点が全くないこと。◯◯島が占領されたというのに、政府は島民を気にかける様子もなく、最初から最後まで自衛隊の戦闘と自衛隊員の生死しか話に上らないのです。

島の名前を変えたからといっても、南方諸島が侵略を受ける設定に変わりはないのですが、本来自国民であるべき島民の安否を気遣う様子が総理に全くないのは映画と言ってもそら恐ろしい。

自衛隊の全面協力で、実際の戦力によるリアルな戦闘は迫力満点!。ミリタリーファンは大興奮でしょうし、見る者によって右寄りにも左寄りにも取れる作品ではあります。ただ原作ファンの筆者としては中途半端な映画化としか思えずたいへん残念。原作のマンガは次巻13巻で完結とのこと。そちらもこれだけ広げた風呂敷をどのように終わらせるのか、楽しみに待つことにしましょう。


【作品データ】
「空母いぶき」
公開 2019年5月24日(全国公開予定)
監督 若松節朗(「ホワイト・アウト」「沈まぬ太陽」「柘榴坂の仇討」など)
原作 かわぐちかいじ(「沈黙の艦隊」「ジパング」など)
出演 西島秀俊、佐々木龍之介、本田翼、玉木宏、戸次重幸、市原隼人、堂珍嘉邦、中井貴一、村上淳、吉田栄作、工藤俊介、斉藤由貴、藤竜也、佐藤浩市、他

【原作データ】
「空母いぶき」
作 者 かわぐちかいじ
出版社 ビッグコミック(小学館)
既刊12巻(2019年4月26日現在) 試し読み 

久保喜広、1960年生まれ
東京在住ながら20年以上毎夏宮古に通う。宮古移住が夢。
2012、2013年、ぴあフィルムフェスティバル審査員
2013年、日本アカデミー賞特別会員
2014年、東京国際映画祭WOWOW賞審査員
以降、映画祭での審査員、シネマコメンテーターとして活動



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