2016年10月14日
13冊目 「ニルヤの島」

SF小説は好きですか。SFとは「サイエンス・フィクション」の略。未来や宇宙が舞台だったり難しいカタカナがいっぱい出てくる印象がありますね。今月の島の本棚は、未来の“島”が舞台の民俗SF小説『ニルヤの島』を紹介します。

まずは、目次。
贈与Gift、転写Transcripition、弑殺Checkmate、蓄積Accumulation・・・・むむ、この羅列はいったい。いきなり手強そうですが、この頭文字AGTCは、DNAの塩基配列だそうです。人間の遺伝子がこの4種類で決まっているようにこの小説もこの4要素の組み合わせで編まれているのでしょうか。
さて、始まりは近未来の南洋地域。島々は、ミクロネシア経済連合体(ECM)という島嶼連合国家を形成し、西洋諸国をも凌ぐ経済発展を遂げています。それぞれの島は大環橋(グレートサーカム)で繋がれ、いまや航海を必要としません。そして、この時代には“死後の世界”という概念は存在しません。なぜなら、生体受像(ビオヴィス)という技術によって人生を完璧に保存できるからです。生体受像に記述されるログと主観時刻の操作によって人の一生は全て叙述(ナラティブ)され、肉体が死んでも自分の人生を失うことはなく、故人と脳内で生前と同じように再会することも可能です。そうして人間にとって死後の世界は不要になり、過去の馬鹿げた価値観となったのです。・・・理解できましたか?えええ?という方は、詳しくは小説をお読みください!
そんな中、ECMのある島には、“世界最後の宗教”が残っていて、その浜辺には死者を送る船を作る老人と、もはや誰も意味を知らない古い歌が歌われていました。
ユル・ハラス・フニヤ・ニヌファアブシ・ミアティ
(夜に航る船は北極星を見つけて)
ワン・ナチュル・ウヤア・ワン・ドゥ・ミアティ
(私を産んだ母は私を見つけて)
最後の宗教を求める統集派(モデカイト)と呼ばれる人々は、死者は海の向こうの「ニルヤの島」へ行く、といいます。そう、この歌は「てぃんさぐぬ花」の一節であり、ニルヤの島はニライカナイを連想させますね。
政府機関に招かれECMを訪れた、日本の文化人類学者・イリアス・ノヴァク教授(この頃の日本は大勢の移民を受け入れ多民族国家になっているらしい)は、この老人の孫であり日系のカナカ人である・ヒロヤ(この頃のECMは国内の全民族を誇り高きカナカ人として統一している)をツアーガイドに雇います。
また、島を調査しているスェウェーデン人の模倣子(ミーム)行動学者・ヨハンナ・マルムクヴィストは、モデカイトの葬列に出会い、棺の中の少女に失った我が子を重ね合わせます。
そして、橋上島で海底のコバルトを採掘する労働者・タヤと少女ニイル。ポンペイ島で或る計画に則りコンピューター相手にチェスのような盤上ゲーム「アコーマン」の勝負を延々に続けている、かつて『天国のゆくえ』を書いたペーター・ハイドリ氏。
果たして、ニルヤの島とは何なのか。死後の世界はあるのか。時系列の異なる別々の物語が交差し、読み手を混乱させますが、徐々にクライマックスへと集約する展開は素晴らしいです。登場人物の視点によって全く違う人生観がぶつかり合い、問題提起がされているようにも思います。私は不浄を引き受ける海の男タヤに惹かれました。タヤって、宮古の言葉で“力”ですよね。力強くてアララガマな性格が名前にぴったりです。

作者の柴田勝家さんは、1987年生まれの若き才能です。大学院で民俗学を専攻されているそうです。なるほど、小説の中に沖縄の風習だけでなく、積荷信仰やサウェイ交易、植民地主義など、ミクロネシアの歴史上重要なキーワードも的確に用いられていますし、地域文化に対する洞察力が鋭いと思います。
ところで、なぜペンネームが戦国武将なのか、どんな風に『ニルヤの島』が書かれたのか。気になる方は、こちらのcakesインタビューも読んでみてください(vol.2までは無料で読めます)。
まさに想像力の物語。終始、「沖縄」という言葉は一度も出てきませんが、本当に人類最後の宗教に沖縄の信仰が残っていたらすごいですね(ちなみにローマ法王はさっさと天国と地獄の存在否定を宣言したことになっています)。フィクションでありながら、ニライカナイの思想に、こんなにも深い人間の文化的因子が宿っていることが証明されたかのような、熱い感動を呼ぶ一冊です。
〔書籍データ〕
ニルヤの島(ハヤカワ文庫)
著者 /柴田勝家
発行者/早川書房
発売日 / 2016/8/25
ISBN /978-4-15-031242-8
カバーイラスト/syo5
Posted by atalas at 12:00│Comments(0)
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