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2018年09月28日

Vol.29 「十五夜には」

Vol.29 「十五夜には」

9月も終盤、夏のしっぽが続いている宮古だが、時折秋の風に交じりツバメが低空飛行をしている。
去る9月24日は、中秋の名月、十五夜。台風24号の影響で雲が多く、お月さまは顔を出したり、隠したり。すっきりしない天気だった。
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宮古島の十五夜は、島のあちこちが賑やかになる。

上野野原地区では、五穀豊穣を願う「マストリャー」が公民館で行われた。
男性たちは勇ましい棒踊りを、女性たちはクバの扇や四つ竹を持ち優雅に踊り、ゆー(豊穣)を願った。
「マストリャーとは、昔は穀物などで税を納めていたことから、納税の際に穀物を「升取屋」と呼ばれる升元で納めていたところに由来する」そう。
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【野原のマストリャー】

城辺の上区(下里添)と砂川(うるか)では、獅子舞とクイチャーが奉納されたそうだ。
狩俣では、豊年祭が行われ、東西に分かれて綱引きが行われた。
この豊年祭も古くから行われていて三本勝負で、勝負が決まるごとに、十五夜の歌が歌われるとのことだ。

また、平良あたりでは、子どもたちが、段ボールなどで獅子の顔を作り、家々を回りシーシャガウガウ(獅子の口を手でパクパクと開けること)をし、お菓子などをもらう。
昔は、あちらこちらで見られる光景だったが今は、あまり見かけなくなった。
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【砂川の獅子舞】

昔といえば、私が子どもの頃の地域の十五夜は、子どもたち自身がプロデュースする、一大イベントであった。
買い出しから、舞台で何を踊るかまで、上級生のねぇねぇ達が中心になり決める。
踊りは夏休みから練習。十五夜当日は、そうみんぶってぃら(ソーメンチャンプルー)を作り(なぜだか、この料理は定番だった)、みんなで食べ、板で組まれた舞台の上では、懐メロなどに合わせて踊るのだった。
男の子たちは、獅子を作り、爆竹を派手に鳴らして大騒ぎ。この日は、いくら遅く帰っても怒られることはなかった。

昔から変わりなく行われている十五夜の行事、なくなっていく行事とそれぞれだが、まんみ(真上)の月は変わらず、穏やかに島を照らしている。

松谷 初美(まつたに はつみ)
1960年生 下地高千穂出身
2001年より、宮古島方言マガジン「くまから・かまから」主宰
30年住んでいた東京から昨年Uターン。現在下地に住んでいる。
毎日が新鮮。宮古の魅力を再発見中。

宮古島方言メールマガジン『くまから・かまから』
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