第57回 「海邦国体記念碑」

atalas

2015年11月17日 12:00



スポーツアイランドを名乗る宮古島ではスポーツ系イベントが多く開催されていますが、意外にもスポーツ関連の石碑は多くありません(学校系スポーツの記念碑は各校に小さなものがいくつもあります)。今回紹介する石碑も「優勝」とか「出場」を記念するものではなく、「開催」を記念するというちょっと変わりダネの石碑です。
1987(昭和62)年9月、第42回国民体育大会秋季大会において、当時の上野村営体育館が成年女子6人制バレーボールの会場として使用され、それを記念して平成元年に上野体育館脇に建立された記念碑です。

第42回国体は冬季を「信濃路国体」として長野県で開催(11月27日~30日、軽井沢町。2月19日~22日、白馬村)し、9月20日~23日の夏季大会と、10月25日~30日の秋季大会を沖縄県内各地で開催しました。
そのうちバレーボール競技の一部が宮古島で開催となり、平良市総合体育館で成年男子9人制が、上野村営体育館で成年女子6人制が行われました(その他のカテゴリーと開催地は、成年男子6人制/大平高校体育館(現・県立陽明高等学校)、成年女子9人制/浦添工業高校体育館・大平高校体育館、少年男子/具志川市総合体育館、少年女子/那覇市民体育館・真和志高校体育館で開催)。

上野で開催された成年女子6人制の出場チームは全10チーム。
北海道 たくぎん             近 畿 ダイエー
東 北 東北福祉大学クラブ        中 国 武田薬品
関 東 日本電気             四 国 高知教員
北信越 長野教員             九 州 久光製薬
東 海 日本電装             開催地 琉球銀行
こうしてみると各ブロックの代表の企業名も、時代を感じさせるものがあります。北海道ブロック代表の「たくぎん(北海道拓殖銀行)」は1997年に破綻して消滅。東海ブロック代表の「日本電装」は1996年にデンソーへと社名を変更しています。
そしてこの大会で2年ぶり2度目の優勝を果たしたダイエーも、いまやイオングループ傘下の完全子会社であり、ブランド名も風前の灯火にあります(逐次イオン系店舗に転換中で、2018年頃にはダイエーの名は消滅する予定)。

近畿ブロック代表のダイエーが優勝と、先に結果を書いてしまいましたが、この大会の最終結果は3位(トーナメント式で順位決定戦はなし)は、関東代表の日本電気と開催地枠の琉球銀行。決勝戦に敗れて準優勝となったのは九州代表の久光製薬でした。

バレーボールが好きの方ならばもうお気づきかもしれませんが、上位4チームのうち琉球銀行を除く3チームは、1994年に発足したVリーグのチームを持つ企業が名を連ねています。3位の日本電気はNECレッドロケッツとして、Vリーグの発足当初から活躍している由緒あるチームであり、優勝したダイエーはダイエーオレンジアタッカーズという強豪チームでした。
「でした」と過去形で書いたのは、経営母体であるダイエー本体の業績悪化によってリーク中にも関わらず、翌シーズンからの休部が決定します。しかし、ダイエーとしての有終の美を飾ろうとチーム一丸となって奮起し、リーグ優勝を成し遂げます(1998年)
ところが好成績を残したことから惜しまれ、休部から一転して日本バレー界初のプロチームとして再スタートすることになります。だが、経営的にはやはり厳しく、結果として2000年に久光製薬とスポンサード契約を結び、久光製薬スプリングアタッカーズへと生まれ変わることとなるのでした。
こうしてダイエーの名は消滅しますが、久光製薬へとチームはバトンタッチされ、現在は久光製薬スプリングスとしてVリーグで変わぬ活動しています(その他、東海代表の日本電装も、デンソー・エアリービーズとしてVリーグに所属しています)。
この出来事はどことなく1998年のJリーグで、マリノスとの電撃合併が決定し、負けたらチーム消滅という中で勝ちに勝ち続け、天皇杯で優勝を飾りるも消滅していった横浜フリューゲルスを彷彿させるものがありました。

なんとなく勢いでずいぶんと関係のない方向にまで進んでしまいましたが、舵をもどして・・・。
第42回国民体育大会海邦国体は、天皇杯・皇后杯ともに総合優勝は沖縄県という結果で閉幕します(尚、開催地枠で全競技予選なし出場が可能なので出場ポイントにより、だいたい開催県が優勝するという筋書きになっているらしい)。

余談というか、最近ではちょくちょく発生しているようで、信憑性に疑念が生じてしまわないか気が気でないのですが、石碑に記された開催期間の日程と、記録上の日付が1日ずれていることに気づきいてしまいました。
バレーボール競技の開催期間は1987年10月26日~29日。国体の開催期間は25日から30日(詳細は不明ですが、前後に開閉会式があったのではないかと推察)。しかし、石碑の日程は25日~29日と微妙な記述となっています。誰かこの謎が解ける人はいませんかね?。

【参考資料】
海邦国体秋季大会 開会式 集団演技 マーチング部門(動画)
※タイトルにマーチング部門とあるが、海邦国体の開催種目にマーチング部門という項目は見つけられなかった。

海邦国体式典音楽集A面
海邦国体式典音楽集B面
※海邦国体の開閉会式の記録音源。演奏された楽曲だけでなく、当時のアナウンスや宣誓なども収録されたお宝。

海邦国体へ -きらめく太陽ひろがる友情-
※国体へ向けての記録映画

第42回国民体育大会バレーボール競技(wikipedia)
※全会場・全試合の対戦スコア詳細

日本体育協会 - アーカイブス (PDF)
※第1回から第22回大会までの全競技の記録集(やや重)


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※体育館の敷地内にある「博愛」シリーズのひとつ

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