#002 桐野夏生『メタボラ』を読む

atalas

2015年06月12日 12:00



東京もいよいよ梅雨入り(6月8日)して、暑かったり涼しかったりの6月第二週目です。
さて、今日も雨なので、今回は自宅より出不精の(東京de宮古的読書)です。BGMは、是非、下地勇さんの『世持つ雨(ユームツアミ/視聴あり)』で!。

宮古の皆さん、宮古大好きな皆さん、この本を知っていますか?。
桐野夏生『メタボラ』(朝日新聞社)
もともと2005年からの朝日新聞の連載小説でした。
桐野さんは、『OUT』や『グロテスク』など、人間の深い闇をえぐるような小説をたくさん書いている気鋭の作家さんです。そんな桐野さんが、なぜ沖縄?なぜ宮古?一体、どんな風に描かれるのでしょうか。

舞台は沖縄本島、主人公は記憶喪失の東京の少年ギンジと、宮古の少年アキンツが出会うところから始まります。東京出身の私としては、やはりギンジのヘタレ感、根無し草感に非常に共感します。それを際立たせる記憶喪失という設定がすごい!。
東京でも本来は古い町や伝統もあって、それを繋いでいる人たちはたくさんいます。一方、だんだんと共同体の形が変わり、地に足着かずふわふわと浮遊している私のようなものもいます。ギンジのように記憶喪失でなくても、ふと「私は誰なのだろう」と思ってしまうことありませんか?。
また、登場する観光客や移住者たちもリアリティがあります。沖縄が好きなのに受け入れられなくて敵対してしまうとか、上から目線で改革しようとしたり・・・ナイチャーあるあるですね。

「あたしね、沖縄の人に失礼だから何も言わない、という姿勢は、帰るところがある人だから言えるんじゃないかと思うの。でも、ここに定住すると決めた以上、関わっていくのは当たり前だし、仕方ないことじゃないかしら。」(本文より引用)
「だから、いいよ。好きにすればいいんだよ。俺が言いたいのは、その時に、新ウチナーと呼んでくれ、なんて呼び方まで強制するなってことなんだ。それは島の人間の側の問題だろう。」(本文より引用)
とか。つい一緒に議論したくなるような場面がたくさんあります。

さて、アキンツもギンジと同世代のイマドキの若者で、一見同じように社会を漂流しているのですが、アキンツはとても宮古的で魅力的だと思いました。なにか超越しているようで、あっけらかんとしていて、人を元気にさせる・・・ように私やギンジには見えますが、桐野さんのすごいところは、ちゃんとアキンツ側からの宮古青年としての悩みや内面も丁寧に描いてます。

「要らない道路を作ったり、海を埋め立てたり、そんなことばかりしている。でも、おいらはどっちでもいい。綺麗な海がなくなるのは寂しいが、おいらはもう宮古に帰るつもりはないからだ。」(本文より引用)
「これがオヤジの言ったミドゥンブリってか。ぷりむぬ。もう正気に戻れないかもしれない、とおいらは、すんきゃーびびった。」(本文より引用)

各所に出てくる方言も面白くて、勉強になります。桐野さんは宮古出身の人に方言指導してもらったのだとか。是非読んで頂きたいので、あまり内容には踏み込みませんが、宮古の人がどう感じたか聞いてみたいものです。何度読んでも、ラストは泣いてしまいます!。

ちなみにタイトルの『メタボラ』とは、メタボリズム=新陳代謝から造った言葉だそうです。都市建築の用語でもあるとのこと。
沖縄の街で、東京のギンジや宮古のアキンツ、観光客、移住者、地元民が絡み合って、融合したり分裂したり、出会って別れて。街も人間も、細胞分裂するようにうごめいている様相は、まさにメタボラ!よく人間の細胞は数ヶ月で入れ替わるなどといいますが、細胞がすっかり変わっても、「私」でいられるのって不思議ですよね。
ちょうど6月のみゃーく市民文化センター講座は、「みゃーく風建築」がテーマで、町並みの宮古らしさについて考えさせられました。その土地らしさというのも、掴めそうで掴めない、しかし確かに受け継がれている有機生命のようなものかもしれません。宮古島の移り変わりを見ると、相当新陳代謝が早いような気がしますね。

●おまけ
桐野さんはその後、2008年に『女神記』(角川書店)という本も出しています。
「古事記」のイザナミとイザナキの物語です。巻末の参考文献に沖縄に関する文献がいくつか挙げられています。沖縄や宮古と、日本の古代宗教についても、興味が湧きます。
「多島海にはひしめき合うように島がたくさんあります。でも、こちらの島には毒蛇がいても、隣の島にはいないということがよくあるのです。また、こちらの島の人間は温厚なのに、隣の島は総じて気が荒い、ということもあります。ですから私は、島がまるで一人の人間の個性のように感じるのです。」(本文より引用)
『対論集 発火点』(文藝春秋社)
この対談の中で、『メタボラ』や『女神記』についても興味深く語られています。対談相手は、林真理子、斎藤環、重松清、小池真理子、柳美里、佐藤優など・・・豪華過ぎる!。
男女差について、想像力について、天皇制について・・・と多種多様なテーマですが、特にこれからの地方についてやコミュニティのあり方についての桐野さん哲学が面白いと思います。その後に『メタボラ』を読むとまた一層楽しめるでしょう。

『メタボラ』の読書会したいなー、と妄想する雨の一日でした。
桐野 夏生(きりの なつお) 小説家 女性
1951年10月7日、石川県金沢市生まれ。
別のペンネーム野原野枝実、桐野夏子の名義で、ロマンス小説やジュニア小説のほか、レディースコミック原作なども手がけている。

妊娠中に友人に誘われ、ロマンス小説を書いて応募し佳作当選。以後、小説を書くのが面白くなって書き続けたという。ミステリー小説第一作として応募した『顔に降りかかる雨』で第39回江戸川乱歩賞を受賞。ハードボイルドを得意とし、新宿歌舞伎町を舞台にした女性探偵、村野ミロのシリーズで独自の境地を開く。また、『OUT』では平凡なパート主婦の仲間が犯罪にのめりこんでいくプロセスを克明に描いて評判を呼び、日本での出版7年後に米国エドガー賞にノミネートされ、国際的にも評価が高い。

代表作
 『顔に降りかかる雨』(1993年)
 『OUT』(1997年)
 『柔らかな頬』(1999年)
 『グロテスク』(2003年)
 『東京島』(2008年)

桐野夏生HP -BUBBLONIA-
wikipediaより引用》

《第二金曜担当》 江戸之切子(えどのきりこ)
東京生まれ。東京在住。日々宮古島に想いを馳せながら、身近なみゃーく情報を集めています。

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