その1 「神様はなんでも教えてくれる」
池間島のよしこおばあは大正生まれの93歳だ。
池間に生まれて池間で育ち、当時の島の女たちがみんなそうであるように、池間のカツオ漁師と結婚して子どもたちを産み育てた。
ただ、よしこおばあが少し違うのは、数え52歳のときにオハルズ御嶽のツカサに選ばれたこと。オハルズ御嶽は、池間の人々にとってもっとも大切な聖域で、島の祭祀(ニガイ)の中心になっている。そのニガイの一切を執り行い、神と人との橋渡しをするのがツカサの役目なのだ。
ツカサは3年に1度、オハルズの神様の前で、候補者の名前を書いた紙が入ったザルを何度もふるい、一番多い回数落ちた人から順番に選ばれる。当時のツカサは5名いて、よしこおばあの名前は最初に7回落ちたから、ツカサ最高位のフンマになった。
池間民族の神事とツカサについては、民俗学を専門にする人たちが多くの著作や論文を発表しているので、興味のある方はそちらをぜひ。
とにかく、よしこおばあは、ある日突然、神に限りなく近い存在になるのである。
「神様はねぇ、いるよ。ほんとにいるんだよ」
それまで普通の主婦として、特殊な体験をすることもなく暮らしてきたはずが、神から名を呼ばれ、暮らしが一変する。親戚の結婚式にも葬式にも、畑仕事にも出ることなく、一般の人々は入る事が許されない聖域の内側の人として、島の豊穣と幸福を神に祈る日々に突入するのだ。
そして、よしこおばあは「神の実在」を思い知ることになる。
バケツが見えてよ
柄杓が見えてよ
手が見えるよ
神様の手さね
ツカサになって間もなく、ニガイの最中にアーグシャ(神歌を歌うツカサ)が、急に声がひっかかり歌えなくなってしまった。
おかしいねと思っていると、掃除の道具がいつもと違う場所に置いてあり、そこに手が見えている。神様の手だ、神様が怒っていると気がつき、あわててバケツの位置を元に戻したら、また歌えるようになったという。
よしこおばあの神体験は、それから幾度も続くのだ。
秋のユーグマイ(夜籠りニガイ)で
米袋にアカマチがいっぱい入っているのを神様が見せるよ
それからはアカマチの大漁が続いたよね
旧暦3月の風のおさまりのニガイのときさ
若い女の神様がクバのウチワを持って出て行くのが見えたよ
ウチワを持っていったから、今年は風が吹かないはずねと
そのとおり、台風がこなかった
よしこおばあに限らず、神の世界に触れる人は島には少なくない。神の島と称される宮古の中でも、池間のサニ(血縁)は特に神高いという。こっちの世界とこっちじゃない世界の境界がこの島にはあるのかもしれない。まったく神高くないナイチャーきくちに、それが見えないのは少し残念・・・。
ちなみに池間大橋の手前には、「世渡橋」という名の橋がある。そこはきっと結界なので、お通りの際は「たうて(祈り)」をね。
《第四金曜担当》 きくちえつこ
池間島在住、足かけ 4 年のナイチャー。
宮古で出逢った「かいまい くいまい」から聞いた、ちょっと「へえ~っ!」となる話を、ゆる~ゆる~っとご紹介。
考察も、オチも、ありません。ごめんなさい・・・。
『かいまい くいまい』 = 「あの人やら、この人やら」
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