第8話 「八丈太鼓」

atalas

2018年08月26日 12:00



八丈太鼓を習い始めた。
もともと打楽器に憧れがあって、できれば人前で打てるくらいになりたいという気持ちで。

4月に八丈島に住み始めて、やっとひと月というゴールデンウィークのことだった。
反抗期の息子は、私と一緒に行動するのが嫌で、今までのように一緒に食事や、買い物に連れ出すことも難しい。

仕方ない。せっかくの休日、一人でカフェにでも行ってこようと、本を持って車で家を出た。
海辺を通りかかると、真っ青な空と海を背景に、芝生の地面に和太鼓を置いて、太鼓の両側からふたりがそれぞれ、舞うように叩いている光景が目に入った。

あぁ、これが八丈太鼓だな、と。
思わず車を停めて、近づいて行き、見学。

その時、どうぞ、とバチを渡され叩かせてもらった時の、風の気持ちよさ。
もちろん、見よう見まねの適当です。
でも、それでいいと受け止めてくれるおおらかな皆さん。
練習日と場所を聞いて、参加したいことを伝えてその場を離れた。

それからしばらく仕事や私事で都合がつかず、結局練習に足を運べたのは7月に入ってからだった。
だからまだ、ほんの数回の練習しかできておらず、
基本も何も、まったくこれからという初心者だが、すでに八丈太鼓のおもしろさと、魅力にどっぷりハマってしまっている。

習うと書いたが、教室ではない。
八丈島では、太鼓は習うものではなく、初めから皆で一緒に楽しむものだ。
だから、打ち方やリズムは、教えてくださいと言えば教えてくれるが、本来、見て聞いて真似て覚えていくものなのだと思う。

八丈太鼓は、二人組で打つ。
太鼓の両面を。
一人は下打ち。
もう一人は上打ちといって、下打ちの一定リズムに重ねてアドリブで自由に打つのだ。

下打ちはいくつかパターンがあって、まず、初心者が一番に覚えたいのは「ゆうきち」というリズムだ。
リズムの名前はその集落によって異なる(私は三根という集落です)。

「ゆうきち」は、右手・右手左手の順に、「トントコトントコ」と鳴らす。
(文字で書いてもイマイチ伝わりにくいですが‥・)

その「ゆうきち」に乗せて、上打ちは心のままに打つ。
普通は1拍目と3拍目に打つところを、2拍目4拍目に打つこともある。これを「裏を打つ」というのだが、その表拍から裏拍へ移行する瞬間や、裏が続いて打ち手がそれを表拍と捉えた体の動きになってくところが、美しいのだという。

太鼓の会のメンバーに、かっこいい年上の女性がいる。
とても上品に、繊細に入っていくのだが、気持ちの高揚とともに男らしい豪快な打ち方があらわれる。
観ている者が、ぐっと引き込まれ、聴き惚れる。
思わず拍手が起こる。
八丈太鼓は、そういう見せ場を、打ち手がアドリブで作り出す芸能なのだ。

しかし、例えば盆踊りの太鼓のように、踊りの下請けとしての役割もする。
その場合、内地と異なるところは、必ず二人で両面から打つことだ。八丈では太鼓を一人で打つのを見たことがない。

そういえば、八丈空港に貼ってある中学生の調べ学習の壁新聞では、八丈太鼓の打ち手は、もともと女性だったとあった。
そういう古い資料があるのだろう。木の枝に太鼓を吊るして、両面から二人組で打ち鳴らしていたということだ。

そして、下打ちのリズムは長く長く鳴らすものだから、その土地の気候や風土、人々の生活などにフィットするもの。心地よいと感じるリズムが、伝えられているはずだと、私は思っている。

8月半ばのお盆休みあたりには、どこの墓場も、夜通し灯明がぼぅっとオレンジ色に灯り、お供えとお線香をあげに来る人影が絶えない。

集落も順番に、盆踊りを催す。それぞれの地域色がある。
三根は豪華賞品の大抽選会があるので、400名以上の人出だったそうだ。

大賀郷は、集落に伝わる「石投げ踊り」を輪になって皆で踊るが、数年前から開催されている「石投げ踊りコンテスト」も大いに盛り上がる。
チームで出場し、石投げ踊りを披露するのだが、観せるパフォーマンスを加えて毎年創意工夫されている。

「石投げ踊り」とは、太鼓に合わせて、地面から石を拾って放り投げるような振りをする踊りで、「すっちょい、すっちょい」という合いの手が入る。
先日、八丈方言委員会の先生に聞いてみたところ、八木節と共通するところが多くあり、そんなルーツも考えられるのでは、ということだった。

「石投げ」は、昔、畑に落ちている溶岩のかけらが農作業に邪魔だったので、それを外に放って投げたことに由来しているらしい。
その石投げ踊りの太鼓のリズムは、「ゆうきち」が多いが、次第にペースが速くなっていくのが特徴だ。
その頃合いは、太鼓の打ち手が決める。

末吉という集落では、盆踊りでは恒例の「超高速マイムマイム」というのがある。
私はまだ未体験だが、それもリズムが次第に速まって、大変に盛り上がるそうだ。

皆で太鼓を打ち鳴らし、輪になってエンドレスに踊る。
踊りはもちろん、太鼓も、八丈島では誰でもチャレンジできる身近な楽器として存在している。

【八丈太鼓 サンプル動画】

扇授 沙綾(せんじゅ さあや)

1976年 東京生まれ。
2003年から2011年まで、宮古島・狩俣に住む。
伊良部島へフェリーでの1年間の通勤を経て、東京へ。
現在、東京在住→2018年、八丈島へ。
12歳の息子と二人暮らし。

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