Vol.15 「赤い実の宝石」

atalas

2017年05月05日 12:00



一番ガース(日本で一番小さなセミ「イワサキクサゼミ」)がジージーと鳴き、汗ばむ陽気となってきた。天気の良い日は、若葉が一段と鮮やかで目を楽しませてくれる。
【モモタマナ】

宮古に帰ってきて丸3年。毎年この時季になると楽しみに探し回るものがある。車を走らせながら、ウォーキングをしながら、探す。あすが(しかし)、目を凝らして探すもなかなか見つからない。それが4年目にしてやっとがまお目にかかることができた。

それは野生の「いちご」(和名「ナワシロイチゴ」)の赤い実。3月ごろ、ウォーキングをしながらいちごの木と花を見つけた。それは道路脇の歩道に繁茂していた。今年はもしかしたらもしかするかもと感じた。これまでも別の場所で花を見つけたことはあったが実が付かず花の部分が枯れてしまっているか、生っていても粒がひとつか、ふたつだった。やらびぱだ(子どもの頃)、あんなにたくさん実をつけていたいちごはどうしてしまったのか、残念でしかたがなかった。

そして、きょう(5月3日)である。3月に見つけた場所に行ってみた。遠くから赤いのが見える。生っている!近づいていくと、そこかしこに。一粒口に入れてみる。柔らかくて甘酸っぱーい。口の中に黒い芯のようなものが残るのも懐かしい。

やらびぱだ(子どもの頃)この時季は、いちご摘みに夢中になった。家に帰ってからも鞄を投げ出し、松林の西の畑に走ったっけ。

集落にある松林西の畑。なぜかある期間(4~5年だったか)、その西側の畑一面にいちごが生った。少しうねりのある畑で、見渡す限りいちごの葉っぱと赤い実が広がっていた。幼馴染のT子と私は、うれしくてたまらなかった。こんなことがあるだろうか。夢じゃなかろうかと思いつつ、口に入れるのと持ってきたアルマイトの弁当箱に入れるのに夢中になった。T子と会うとよくこの時の話になる。彼女の中にもやはり色鮮やかに残っているらしい。

東京にいる頃、5月に帰省することはほとんどなかった。いちごと長いこと対面していなかったからか、いちごへの想いは募るばかりだったのだ(笑)。

宮古に住むようになったら、毎年楽しめると思っていた。でも、どういう訳か花は咲くも実がならない。実がなっても一粒、ふた粒・・・。そして、きょうである。
子どもの頃見たような粒ぞろいではないが、よくぞ実ってくれたと、感涙ものであった。

小さい頃、おじいが草刈りに行った帰りに、いちごを花束のようにして持って帰ってきたことがあった。今回、自分でも作ってみた。おじいにもらったような量ではないが、かわいいがま。家に持ち帰って玄関に飾った。

いつーか、畑一面をいちごでいっぱいにしたいと思っている。
松谷 初美(まつたに はつみ)
1960年生 下地高千穂出身
2001年より、宮古島方言マガジン「くまから・かまから」主宰
30年住んでいた東京から昨年Uターン。現在下地に住んでいる。
毎日が新鮮。宮古の魅力を再発見中。

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