6冊目 「サザンスコール」

atalas

2016年03月11日 12:00



今月の一冊は、<宮古上布>をモチーフにした現代小説『サザンスコール』です。

宮古上布とは、古くから宮古島で生産されている、苧麻(チョマ)を原料とした織物(上布)です。16世紀には琉球王府に献上され、また17世紀には人頭税の租税として物納させられました。それを織るのは選ばれた宮古の女性で、麻をクモの糸ほど細く紡ぐ技術もさることながら、一反織り上げるのに数ヶ月かかる忍耐力も大変なものです。藍色に染められた宮古上布の美しさは、上布の中でも最高級品として全国に流通し、大正から昭和初期に最盛期を迎えますが、その後戦争や原料不足などから織り手も減り、一時は消滅の危機に陥りました。現在は国の重要無形文化財となり、島の中で少しずつ若手の後継者も育成されています。

さて、小説『サザンスコール』は、1990年に日本経済新聞で連載されていたものです。
主人公は、東京の大手の繊維会社・事業開発本部長の杉野隆三。ヒロインは、宮古島で上布を織る下地燿子。普段はポリエステルやナイロンなど化学繊維を扱う杉野が、或る上布と出会うところから物語が始まります。それは、燿子が織った宮古上布でした。

「麻を、こんなに細く紡ぐことができるの」
藍色と生成りの白と鴾(とき)色、そして淡々とけむるような緑色の縞柄である。それがぞれが、海と砂浜と浜昼顔の花とモクマオウの林を表しているのだ


また、杉野の昔の同僚で今は沖縄で織物工房をしている沖間学とその妻・八重。京都の老舗染料店の西合宗馬。複雑な人間関係の中でそれぞれの情熱的な恋愛模様が描かれていきます。

「いつも合繊の布地ばかり触ってて、それに指先が慣れているものだから、急にこういうものに触れると、女房以外の女の体みたいにどきっとしてしまう」

「私、愛してるって(中略)自分のことも何もかも、全部相手に渡しちゃって、せいせいすることじゃないかって思うんだけど。そう。多分死ぬときと同じ」

そして、最大の謎である燿子の母の形見、「赤い宮古上布」が登場します。私は最初、赤いのもあるんだ、なんて簡単に思ってしましましたが、これはあり得ないそうです。というのは、繊維を赤色に染めるためのアントシアンは酸性に保たれていないとすぐに変色してしまうそうです。(梅干しの赤は酸のおかげで安定しているのです)そして同じ色素をもつ植物でも様々な条件によって全く違う発色をするなど、このような染物の化学にまつわるうんちくも興味深いです。燿子の母はいかにして、この鮮やかで生きたハイビスカスそのもののような赤を宮古上布に染め上げたのでしょう。

はっきり言ってこの小説は、かなりオトナ向け!この物語を貫くキーワードは、ずばり「性」だと思います。作者の髙樹のぶ子さんの、性とはなんぞやということをとことんまで突き詰める描写は、官能的でありながら論理的でもあり引き込まれます。宮古上布から溢れる島のにおいに狂わされ、都会的でスマートだったはずの登場人物たち中の性が次々と暴れ出します。どういうことかって、それはぜひ読んでみてください。
性という言葉について真剣に考えていると、宮古島の「サニ」という言葉に思い当りました。サニとは、種の意味もあり、血筋というか持って生まれた(受け継がれたというニュアンスでしょうか)何かのことですよね。宮古島のパワーが人間のサニを剥き出しにしてしまうのでしょうか。だから、サザンスコールの中で二人はあんなことになってしまったのかしら!

この小説は1994年にNHK-BSで連続ドラマ化もされており、杉野は根津甚八、燿子は葉月里緒菜、他に山口達也や伊武雅刀、夏八木勲、由紀さおり、そして平良とみなど超豪華キャストで放映されたようです。機会があれば是非見てみたいですね!

宮古上布は今でも上布の中の一級品であり着物などは簡単に手に入れられるものではありません。しかし最近は、宮古上布を使った小物やバックなどもあるそうです。いつか宮古上布を手にしたいと思わずにいられません。その日まで宮古上布が継承され続けることを願っています。

【参考資料】
宮古織物事業協同組合
「サザンスコール」 テレビドラマデータベースサイト

[書籍データ]
サザンスコール(新潮文庫)
著者 :髙樹のぶ子
発売元 :新潮社
発売日 : 1994/11
ISBN :4101024154
※単行本は、日本経済新聞社より上下巻で出ています。

関連記事