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2015年09月29日

第50回 「水」

第50回 「水」

だらだらと続いてきた水シリーズも、今月でひとまずは最終回となります。最終回にふさわしく(?)、水に関連した碑をどどーんと大放出で紹介してみたいと思います。
そう、島のロードサイドで時々見かけるあの石碑たちです(水シリーズとして、いつかは出てくると思ったアナタは宮古通です)。
第50回 「水」
まずはこちら。黒御影石に大きく「水」と書かれた狩俣集落の東門の脇にある石碑。
こちらは2003(平成15)年に完成した圃場整備と灌漑排水の事業の記念碑です(狩俣・狩俣Ⅱ地区)。この手の「水」の碑の多くは圃場整備とそれに関連した事業の完成記念であることがほとんどです。
ちなみに、この碑の隣りには県営灌漑排水の事業エリアの地図が掲げられているのですが、工区面積はバタラズ橋と海中公園を結んだラインから北側のほぼ全域です(中学校と集落、あるていど高低差のある山を除く)。

※画像をクリックすると大きくなります。
第50回 「水」狩俣線にはもうひとつ水の碑があります。
それは集落からは少し南に下った道路脇(まもる君の北)、琉球石灰岩に「豊水永遠」と刻まれた石碑です。
こちらは真那津地区の灌漑排水事業(狩俣地区の南側)で2004(平成16)年に完成した事業の記念碑になります。
ここの碑には畑の散水用スプリンクラーの構造が判る解説板があり、オブジェのようにスプリンクラーヘッドの現物が飾れています。
第50回 「水」第50回 「水」ちなみにスクプリンクラーヘッドは360度散水するタイプと、道路脇に設置する180度タイプがあるのですが、時々、道に散水しているヘッドを見かけます。
どうやらあれは施工業者がその違いを理解せずに施工してしまったものらしいです(なので畑の中なのに半分しか撒いてない奴もいる)。

第50回 「水」続きましては、「豊土水魂碑」(ほうどすいこんひ)。
場所は城辺。国道390号沿いの友利集落の東方、ティダファームたらまの前にある城辺友利土地改良区の県営灌漑排水事業の完成記念碑(平成18年完成)。
尚、ティダファームたらまには2004(平成16)年の御行幸の際、今上天皇がご視察に立ち寄られた場所として記念の石碑が建立されています(市の上野支所にも同類の碑がある)。

こうした圃場整備系の石碑は、どれも水の字を使っていると思い込んでいたのですが、改めて確認してみると思っていたより入っておらず、ちよっと拍子抜けでしたが、眺めて見ると意外に面白かったので、土地改良とか圃場整備などの記念碑も合わせて紹介してみました。

第50回 「水」「豊農沃饒」(ほうのうよくじょう)。
城辺福東の集落センター(施設入口の門にも「豊水」と書かれている)の隣りにある記念碑。
福里地下ダムの直上にある地下ダム資料館も近いので、水にはなにかと縁の深い地域なのかもしれません。
また、ここは他にも顕彰碑や歌碑が並んでいるので、別の機会に改めて紹介してみたいと考えています。


第50回 「水」「明日を拓く農業」(あすをひらくのうぎょう)
来間島の巨石墓「スムリャーミャーカ」(県指定文化財)の近くにある石碑です。
遺跡の周辺は見渡す限り畑なので、耕地整理する以前のミャーカはどんな風だったのかが少し気になりますが、石碑には島域を圃場整備したことによって、生産力を向上させることが出来たと記されています。


第50回 「水」「豊穣の大地」(ほうじょうのだいち)
下地は川満集落の東側、県道200号線沿いにある農地保全整備事業(平成16年度)の完成記念碑です。
三角形の残地(?)は柵で囲まれた公園風になっていますが、申し訳なさそうにくたびれた東屋がひとつあるだけで、とても遊べる雰囲気がありません。
余談ですが、どうも県道200号川満山中線は、耕地整理と県道改修の時期がずれているようで、あちこちに旧道の残骸が残っていて、とてもマニア心をくすぐります(特におすすめは終点の195号との接点で、その特殊性はちょっと痺れます)。

まだまだ他にもこの手の記念碑は存在していると思いますが、ひとまずは水シリーズはここまでで打ち上げにしたいと思います。次回(10月)からは新シリーズが始まります。

[水]                   [豊水永遠]
 

[豊土水魂碑]               [豊農沃饒]
 

[明日を拓く農業]             [豊穣の大地]
 



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